編集部 2019.02.27 「本当は登山に必要なものって、ほとんどないんですよ」サバイバル登山家・服部文祥インタビュー

登山といえば必要な装備を揃え、安全に登るのが鉄則。しかし世の中にはそれでは飽き足りない人もいます。今回インタビューしたのはサバイバル登山家の服部文祥さん。食料を持たず、必要とあらば動物の命を奪い、食べて、生きながらえるという山登りのスタイルを実践しています。自然と向き合い、自分にとって何が本質的なことなのかを問い直してきた服部さんの考える、お金を持つ意味とは?

■K2登頂成功で「トップになること」の呪縛から開放された

──「サバイバル登山家」を名乗る前はどのような活動をされていたのでしょうか?

世界レベルの登山家になりたいと思い、世界でも険しいといわれる山への登頂を目指して活動をしていました。ただ「本当にトップレベルになれるかどうか」という点においては意外と冷静で。近いところまではいけても、トップにはなれない予感もしていました。でも若かったから、そのことを認めたくなかったんですね。

──そういった葛藤から開放されたのは、どのタイミングですか?

目指していた、K2(パキスタンの山脈)登頂を達成した頃でしょうか。海外の有名な山に登ると、日本ではそれだけで、ある程度評価されます。登頂に成功したことで「いっぱしの登山家であることを証明しなくてはいけない」という勝手な思い込みから解放されたんです。

──K2への登頂には、相当お金がかかりそうですが。

日本山岳会が若い登山家を対象に、K2登山の支援をしてくれたので、個人負担金は約100万円でした。でもあれだけの山に登る割には安いですよね? とてもありがたい「良い買い物」でした(笑)。

サバイバル登山家の服部文祥さん

──当時、登山家としての収入はありましたか?

K2登頂に関していえば、成功したから誰かがお金をくれるというものではなかったので、100%自分への投資ですよね。ただ、後の人生で登山を自分の中心にしたかったし、登頂に成功することで、お金を稼ぐことに繋がっていけばよいとは思っていました。

当時は登山家として稼ぐということがどういうことかわからずに、でも登山を生業にしたいと思っていたんです。僕はお金を稼ぐ仕事と、自分が本当にやりたい仕事を分けるという考え方があまり好きじゃなかったので。


──K2登頂後、29歳にしてサバイバル登山家を名乗るようになります。そこにはどんな思いがあったのでしょうか?


登山は、安全な登山道を選んで山小屋に泊まれば、荷物は財布と小さなザックだけでも済むし、楽をすることもできるんです。言葉だけをとれば、僕がやっていることも、山小屋に泊まりながら登ることも同じ“山登り”です。

そこで山登りとはなにかを考え、僕は登山道や山小屋は、本来の山登りにはないものなんだ、という結論に至りました。それからは本来の自然環境を相手にして、登山をしたいと思うようになったんです。

■お金は「本質的」ではない

サバイバル登山家の服部文祥さん

──服部さんはお金が好きですか?

もともと、僕はあまりお金が好きではありませんでした。日本にはお金が汚いものだっていう考え方がありますよね。僕はそれを日本の美徳だと思っています。

山を登っているとき、お金はただの重りでしかないんです。お金がまったく価値を失う瞬間に、最初は怖さもあったけど、慣れていくと楽しさを感じるようになりました。社会という枠から外れ、しがらみから解放され、自由を感じことのできる瞬間です。

──昔からお金にポジティブではなかったのですか?

そうですね。子どものころからサバイバルには憧れがあったんです。『はじめ人間ギャートルズ』の世界観なんてわかりやすいかもしれません。歳を重ねるごとにお金じゃ手に入らないものを本質的だと思うようになりました。

──でも、K2はお金を払ったことで登ることができたんですよね。それは矛盾してるのでは……。

その通りです。K2は日本人だから登れました。現地の人は近くに住んでいるのに、お金がないから登れないのが現実です。K2登頂に必要な物資をベースキャンプに運ぶのに、現地人ではなく日本人を雇用したとしたら、20倍くらいの費用がかかる。そういう意味では、日本とパキスタンの経済格差のおかげで登れるのです。

結局は僕も多少はお金を持っていて、そのくせして「お金は本質的ではない」と言っているわけです。でも、お金はある程度必要だけど、お金を積んだら誰でもオリンピックに出られるかというと、そうではないわけで。そこは本当にバランスだと思います。

■お金を払うことで得た時間を豊かなことに使えているのか?

サバイバル登山家の服部文祥さん

──自給自足で生きていけるのであれば、都会を離れて生活をしようとは思わないですか?

若い頃は自己表現の1つとして登山を考えていたから、田舎で暮らそうとは思っていませんでした。本を出したいとか、文学賞をとりたいとか、いろいろ欲があったので。でも、年をとって田舎でゆっくり生きるような暮らしへの憧れは強くなっていますね。

農家の人が「農業じゃ食っていけないよね」と口にするのは、なぜだろうといつも思うんです。目の前に農作物があるのに生きていくのにお金が必要なんだって、社会から思い込まされているんじゃないかって。「上場企業の平均年収が400万円だ」とか「老後にいくら必要だ」みたいな話は疑ってかかるべきなんじゃないかと思ってます。

──それでも服部さんはお金がある世界と完璧に関係を断ち切らない。服部さんを繋ぎ止めてるものって何なんですか?

私の中にある社会性ですかね。お金がなくてもいいとは言いつつ、ゼロにはできないので。たとえば子どもの予防注射のようなものは、どうしても必要です。でもいろいろと矛盾はあるけれど、生きていくだけなら、それほどお金が必要ないのは確かだと思っています。年収で100万円もあれば十分じゃないかな。

──服部さんが周りの人と自分を比較することってないですか?

あるけど、一般的に良いとされていたりするものには、あまり憧れないですね。たとえばタワーマンションとか、あれは牢屋だよね。お金を払うことで省いている手間や時間について、もう一度考える必要があると思う。

たとえばガスを利用すれば、薪から火をおこすための手間や時間を省けるけど、そこで得た時間を本当に豊かに使えてるのかな? 僕は、自分の食べるものや生活そのものに自分の時間を投資した方が、本当はもっと豊かなんじゃないかなと考えているんです。

サバイバル登山家の服部文祥さん

──服部さんが考える理想的なお金の使い方・かっこいいお金の使い方ってどんなものですか?

「体験」や「スキルの習得」など、自分への投資に繋がるものですね。言い換えれば、自分を人間として光り輝く瞬間に導くようなお金の使い方、でしょうか。僕は何か本質的な体験に繋がることには、惜しみなくお金を使った方が良いと思っています。経験に費やしたお金は、その後の人生の考え方に影響を与えます。

だからお金のある人は、買えるものは買えばいいと思いますけどね。そういう風に世の中できているし。ただし自分が本当に欲しいものを自分でジャッジメントすることが重要だと思います。

──欲しい気にさせられてないか? ということでしょうか。

はい。今買おうとしているものが本当に必要なのかをよく考えると、意外と必要なものってほとんどないんですよ。生活や暮らしに最低限必要なものがあれば十分。幸せはお金じゃ買えないですからね。

取材協力:服部文祥

登山家、作家、山岳雑誌『岳人』編集者。1969年横浜生まれ。東京都立大学在学中はワンダーフォーゲル部に所属。1996年、世界第2位の高峰K2(8611m)登頂。99年頃から装備や携行食を持ち込まず自然の中で食料を調達する「サバイバル登山」を実践している。第5回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞した『ツンドラ・サバイバル』をはじめ、著書多数。現在は、妻、二男一女と横浜市内に在住。

Twitter:@hattoribunsho

Text:マネチエ編集部
Photo:河合信幸

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