編集部 2018.10.01 【インタビュー】音楽で生計は立てられるのか? -クリトリック・リス編-

頭を丸めたおっさんがパンツ一丁でステージに登場し、自製のチープなトラックを流しながら、面白うてやがて哀しき楽曲(「おはなし」に近い)をがなり立て、観客を巻き込んだ騒乱を繰り広げる。スギム氏のソロプロジェクトであるクリトリック・リスは、全国を高速バスと青春18きっぷで駆け巡り、1年に大小200本のライヴをこなす、草の根の人気者だ。

来年4月には50歳を祝うべく日比谷野外音楽堂(!)でのワンマンライヴも決定している。36歳で音楽を始め、42歳で脱サラした「おっさんの星」でもある。スギム氏のお金との付き合い方は、きっと多くの人たちの参考になるはずだ。

■「営業にもつながる打ち上げにはお金を惜しまないです」

クリトリック・リス

――音楽の仕事だけで生活は回せていますか?

「はい。そこはまったく無理もなく、家賃も税金も健康保険も普通に払えてますし、年金は数年間免除してもらってましたけど、その後はちゃんと払ってます。やり方次第でいくらでもやれると思いますよ、好きなことで生計を立てるってことは」

――いちばん経費がかかるのは?

「僕は楽器も持たへんし、高価な機材も使ってないんで、そこは大したことないんですけど、年間200本以上のライヴのほとんどに打ち上げっていうのがついてくるんです(笑)。つまり年間200本近い飲み会をこなしてるんですよ。そこですね、お金がかかるのは。

断ったことはほぼないです。音楽の仕事も人間関係で成り立ってるとこがあると思うんで、おかげでだいぶ行動範囲や活動が広まったと思ってます」

――その考え方にはサラリーマン経験が関係ありますか?

「あると思いますね。広告の会社で働いてたんですけど、たとえばペプシとコカコーラが同じ味やのになんでみんなコカコーラを選ぶかっていったら広告戦略と営業や、みたいなことを多少は学んだつもりなんで、営業にもつながる打ち上げにはお金を惜しまないです。2次会、3次会でも、体力の続く限り行きますね。

ライヴはせいぜい30分とか40分なんで、その限られた時間で対バンの人や主催者にも、人柄とか伝えたいこととか思いまでは伝わんないと思うんです。打ち上げで腹を割って話すことでそこを補って、音楽をより理解できるというメリットもあるんですよね。そこで意気投合すれば、じゃあ一緒にイベントやろうや、って話にもつながるし」

――お金のトラブルの経験は?

「何度もありますよ。出演料が事前に言われてた金額と精算の時点で全然違ったりとか、そもそも振り込んでもらえなかったりとか。

僕は今はノルマ制や自分が売ったチケット枚数によってギャラがもらえるチケットバック制は引き受けないようにしてて、先に出演料を提示して受けてるんですけど、入りがよくないと支払いを渋られることはあります。

そういうときはお客さんを呼べなかった僕にも責任はあるんで、ちゃんと話をしてくれれば金額面は相談に乗るんですけど、話もせず、メールも無視するような人もたまにおるんです。そういう人とは関わりを絶つようにしてます。僕も忙しいんで、取り立ててる労力とか時間ももったいないし。

そういう経験があるから、僕のやることに関わってくれる人に対しては、金銭面は極力クリアにするようにしてます。自主イベントを組んで赤字になったことも何度もありますけど、遠方から来てくれた出演者もおるわけやし、事前に約束した金額は自腹を切ってでも払うようにしないと」

――そうしたことはどこで学びましたか?

「もともとそういう性格なのかもしれないですね。勤めてた会社も、何百万という大きな仕事もしつつ、5,000円の未入金に対してもとことん督促せなあかんかったりしたんで、そこで学んだところもあります」

――交通費はどう節約していますか?

「僕のライヴなんてせいぜい30分40分やから、やたらと時間はあるんですよね。大阪から東京まで新幹線やったら3時間で1万5,000円くらいかかるけど、バスやと8時間で5,000円くらい。それは僕は時間で換算して、1時間5,000円は高いなって思ったときはバスを使います。

おととい静岡でライヴがあったんですけど、昨日は東京で野外なんで、しんどそうやなと思って新幹線を使いました。明日の京都は青春18きっぷで行きます。後に控えてるライヴの本数とか、諸条件によって臨機応変に使い分けてますね。コストダウンできる部分は交通費しかないんで、そこはシビアにやってます」

――なるほど。宿泊費は?

「最初はホテルをとったりしてたんですけど、夜中の3~4時に帰ってきて10時にチェックアウトさせられるのがイヤやったんで、ツアー先では打ち上げ終わって3~4時にマンガ喫茶に入って、次の日の午後2~3時に出るっていうのが多いですね」

■「名前を売ることに投資して、徐々に知名度が上がって」

――ノルマ制の仕事は引き受けないそうですが、始めたころはそうもいかなかったでしょう。

「最初の2~3年は趣味やったんで、ライヴハウスにチケット代20枚分とか15枚分ってノルマを課されて、到達せんかったらその分を支払わないといけないっていう出演のし方でやってました。でも毎回毎回何十人も呼べるわけじゃないし、それがしんどくってやめていくバンドも多かったんですよ。

だから僕は新規のお客さんを獲得するために、広告の仕事で得たノウハウを活用してました。フライヤーはみんなやってるから、ポケットティッシュを作って配ったり、自分でマンガを描いて冊子みたいなのを作って配ったり、ライヴハウスにフライヤー立てのラックを提供して“クリトリック・リス”と名前を入れたり。

そうして名前を売ることに投資して、徐々に知名度が上がって、決まった出演料をもらいながら活動できるようになってきました」

――収入はサラリーマン時代ほどは安定していないのでは……。

「3分の1になりました。それでは生活でけへんやろって思われるかもしれないけど、生活レベルが下がってるようには感じてないですね。なんでかっていうと、お金を持ってたらそれなりの友達とそれなりの遊び方や生活をしてしまうんですよ。

会社員時代はスナックにもキャバクラにも行ったし、いいスーツも買ったし。いま僕が付き合ってるのは貧乏なバンドマンばっかりなんで、彼らに生活のレベルを合わせてたら、使うお金は減りましたね。それでもおいしいお酒も飲めるし、ストレスもないし、楽しいですよ。もともとスナックやキャバクラも人間関係のためで、別に好きで行ってたわけじゃなかったんですよね。

今はキャバクラ行かんでも、若い女の子が見に来てくれて、向こうからしゃべってくれますから。だってみんな女の子としゃべりたいからキャバクラ行くわけでしょ? 僕、いろんな人に出会えますもん。セックスができるかどうかは別として(笑)、しゃべるだけやったらなんぼでも」

■「自分がやったことがダイレクトに評価に返ってくるし、上に行けるチャンスもみんな平等にある。」

――会社員時代を振り返ってみてどう思われますか?

「決して会社員としての生活を否定するつもりはないです。あのころはあのころで楽しかったし。ただ僕はもともと仕事を全部抱え込んで自分でやっちゃうタイプなんですけど、組織の中では僕がやったこともチームの成果になって、そのチームの長が社長から評価され、僕の査定をする。

そのシステムに多少の不条理も感じてました。でも音楽では、自分がやったことがダイレクトに評価に返ってくるし、上に行けるチャンスもみんな平等にある。それがなんでもひとりでやりたがる自分の性格に合ってたんですね、たぶん。だからこそ居心地がいいんやと思います。

ただそこはやってみるまでわからなかったですね。弾みでうまいこと転んでいったんで、運と人間関係に恵まれました」

――将来への不安はないですか?

「これから体力も落ちてくるやろうし、全国回って年間200本ライヴをやるっていうのがどこまで続くかっていうのは考えますね。ただ、弾き語りの人たちってカフェとかバーとか、店を回るんですよ。出演料もほぼまるまる自分に返ってくるから、ライヴハウスほどお客さんを入れなくてもあがりはある。

僕は今はライヴハウスを回ってますけど、のちのちはそっちにシフトしていくかもしれないし、野音を機会に(*1)爆発的に売れるかもしれないんで(笑)、そこは流れに任せて、って感じです。どっちにしても、まだまだやれると思ってます」

*1:2019年4月20日にクリトリック・リス本人の50歳を記念したワンマンライブが日比谷野外音楽堂で行われる。(編集部注)

取材協力:クリトリック・リス

音楽経験のなかったサラリーマンが、行きつけのバーの常連客達と酔った勢いでバンドを組む。しかし初ライブ当日に他のメンバー全員がドタキャン。やけくそになりリズムマシーンに合わせてパンツ一丁で行った即興ソロ・パフォーマンスが、「笑えるけど泣ける」と話題となりソロ・ユニットとして活動を開始2017 年47 歳にして奇跡のメジャー・デビュー。

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