編集部 2019.04.06 オーケストラ演奏家を徹底解剖!九州交響楽団・佐藤太一ロングインタビュー【前編】

コンサートをはじめとして、テレビやラジオのBGM等で、誰もが耳にする機会のあるオーケストラ。そんな身近な音楽にも関わらず、運営実態はほとんど知られていないのが実情です。芸術家といえど、お金と無縁の生活はできないはず──仕事や収入はどこから来るのか、何にお金がかかるのか。今回はマネチエ編集部に『公益財団法人 九州交響楽団(九響)』からオーボエ首席奏者の佐藤太一さんを招き、演奏家の生活とオーケストラについて、詳しいお話を伺いました!

■オーボエとの出会いは高校に入ってから

──はじめに、馴染みの薄い読者もいると思うので、オーボエについて教えてください
フルート・クラリネット・サックスといった木管楽器(※1)、中でもリードという薄い板を振動させることで音を出す楽器一つです。

オーボエとクラリネットはどちらも縦に構えて、基本的に管体もキィ(※2)も色が同じなので、詳しくないと間違えやすいかもしれませんね。乱暴な説明をすると、吹き口が太いほうがクラリネット、細いストローのようなものが飛び出ていて、ボタンが多いほうがオーボエと覚えておくと、すぐに見分けられると思います。

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サックス、クラリネットは一枚のリードを器具や紐を使って楽器の頭につける『シングルリード』、オーボエはストローのようなもの自体が、二枚の板を重ねたリードです。二枚リードの仲間には、低音を担当するファゴットなどがあります。

この二枚リードがくせもので、長さ1/10ミリ単位、厚さ1/100ミリ単位の精密な調整が必要──さらに気候の変化に敏感なオーボエは、特にシビアといわれています。

そしてなにより奏者が自分で作る! これはオーボエ含む『ダブルリード』楽器特有です。材料や工具類もそこそこの値段で、製作、調整にもお金がかかります。

mane_img_ob_taichi_satoh_02佐藤さんのリードケースと製作の過程

しかもリードを用いないフルートや金管楽器(トランペットなど)は気に入ったものをずっと使い続けられますが、リードは植物の葦でできているので、ずっとは使えません

作る工程では寝かせたりする期間も必要ですし、気候の変化でも反応・音程・音色がかなり変わってしまいます。プロとしてやっていくには、自分自身の練習やコンディション管理はもちろん、加えてリードにも気を配らなくてはいけません。ということで、かなり面倒ごとの多い楽器だと思います(笑)

だからこそ、自分のやりたい気持ちにうまくリードと楽器が応えてくれて、良い演奏ができ、お客様にそれが伝わった時の喜びはひとしおです。

※1.管楽器の中でも、奏者の唇の振動以外で発声するもの。管体が金属でも木管楽器に含まれる
※2.奏者が構えた時に持つ部分と可動パーツ全般


──聞いている限りとてもクセが強そうです。数ある楽器の中でからオーボエをあえて選んだ理由はあるのでしょうか
楽器を始めたきっかけからになりますが、僕は中高一貫の進学校に通っていて、中学では部活に入っていませんでした。でもずっと勉強しろと言われ続けてきて、もう3年同じことをやるのは嫌だなと。音楽が好きだし、元からピアノをちょっとやっていて譜面も読めたので、高校に上がったタイミングで音楽系の部活に入ろうと思い立ちました。

僕の学校にはクラシックギター部と吹奏楽部があって、高校の入学式で吹奏楽部の歓迎演奏を聴いたんです。そこにすごい格好良い打楽器の先輩がいて、じゃあ先に吹奏楽部を見学に──行ってみたら、もう逃げられませんでした(笑)

そこで楽器の希望を訊かれ、サックスとか打楽器とか格好いいなぁ、と思いつつも「特に希望はないので体験して決めたいです」と答え、先生から「君に向いているんじゃないか」と持ってこられたのがオーボエでした。楽器の人数バランスとか、学校に備品の楽器がちょうどある、という理由もありましたが。

そして最初に先輩が持ってきて見せてくれたオーボエが、茶色い木の管体にゴールドのキィで、なかなか格好良かったんです。それに他の木管楽器と比べてボタンもいっぱいついてるし。実を言うとそれまで僕はオーボエの名前と見た目と音が一致しておらず、初めて見たのがその楽器。「お、オーボエってのは格好いいな」と。

でもそれは先輩の個人持ちの楽器で、学校の備品の楽器は普通の黒い木に……いぶし銀のキィがついた、いくぶん年季の入ったオーボエだったのですが(笑)

さらに歓迎演奏で見た打楽器の先輩は少し前に退部していました。なんとなく色々と騙されたような気分になりつつも、吹奏楽とオーボエに明け暮れる高校生活がスタートしました。

mane_img_ob_taichi_satoh_03現在はとても綺麗でメンテナンスの行き届いた楽器を使っている

──オーボエ初心者から三年で音楽大学へ進学。何かきっかけがあったんでしょうか
部活で所属することになったフルート・オーボエのパート(※3)は、今思っても恵まれていて、先輩も中等部の後輩も、みんな個人所有の楽器を持っていて、プロの先生の個人レッスンに通っていたりしたんです。

なかでも先ほどのオーボエの先輩がとても上手くて。個人レッスンに興味があるなら受けてみれば──とか、マイ楽器は絶対とはいわないけど買ったほうが──といったアドバイスもあり、両親に頼み込んで楽器を買ってもらったり、レッスンに通わせてもらうことに。本当に幸せだと思います。

そのおかげで演奏がどんどん楽しくなってきて、ちょっと独奏曲にもチャレンジしよう、ソロコンクールに出てみるか、なんて欲も出てきて。その後、出場した高校生向けのコンクールでちょっとだけ賞を頂けて、この先も音楽や楽器を続けたい、音楽大学へ進学したい、そしてプロになりたい、と思うようになっていました。

たしかに高校の、しかも後半で音楽大学進学を決めるのはかなり遅い──フルートの先輩にも1人いたのですが。最初は両親にもびっくりされ、オーボエの先生にも「今から?! やるならあれもこれも必要、楽譜買って! これ練習して!」とハイペースでレッスンをしてもらったり、大変なことも多かったです。

でも最終的には両親も先生も理解してくれて、親身なアドバイスをたくさん下さり、ひとまずなんとか進学しました。

※3.楽器ごと、音域ごとなどで括られる単位

■音楽大学を出て、演奏を収入の柱へ

──音大を出ても全員がプロになれるわけではないですよね。入学時からプロになろうと決めていたんでしょうか?

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音楽大学では、師事したい先生のクラスに入って毎週レッスンを受けていくことになります。そこで自分の先生から最初に「君は将来なにになりたい?」と訊かれて、はっきり僕は「プロになる」と言った……らしいです。実は全然覚えていないんですけど。

同じことを訊かれた時に「できれば」と前置きする人はいると思うんですけど、僕の場合は断言していたようです。そんなに自信家なつもりはあまりないのですが(笑)

実際、僕の卒業した私立音大の同学年で『演奏家』という職業に就いたのは、クラシカルな管弦楽器では、色々な就業形態やフリーランスを含めて、多めに見積もっても50人くらいではないでしょうか。

卒業する段階で『音楽家として自立することを目指す』のは1~2割の人でしょう。プロオーケストラのオーディション──つまり求人は数がとても少なく、楽器一種類に限ると、求人募集は全国で年に1席か2席というのもザラ。

なので国公立の芸大を含め、卒業と同時にプロの楽団員になれる人は全国的にも本当に稀です。公務員や嘱託員として演奏業務に従事する職もありますが、音大の卒業生をみんな抱えられるほど求人は多くありません。

都合の良いタイミングで求人がなかった・オーディションがうまくいかなかった場合、プロの音楽家という夢を諦めないのなら、フリーランスになる覚悟で通常の就職活動をせずに卒業することになります──大学院に進学したり、留学をする人も少なくありませんが。

関係ないアルバイトをしながら演奏の仕事をするとか、日々の演奏やレッスン講師でなんとか食いつなぎ、次のオーディションのチャンスに備えて練習する日々です。

なので実際に音楽家としてやっていける人は当然、希望者よりもっと少なくなります。国公立など受験の時点でレベルが高い人しか入れない大学であれば、少し割合は増えるでしょうが……。専門性の極めて高い教育機関なのに、満足な就職ルートが確立されていないという、構造的欠陥があるといえます。

嘆いても仕方ないので、その構造の中でも仕事を得たりオーディションやコンクールで認められるよう、確かな実力や幅広い人脈を持とうと努力しなければなりません。


──アマチュアとして音楽活動するのにもお金がかかりますが、演奏家になるには、やはりそれ以上のお金がかかるのでしょうか?
おおむねプロでやっていく場合は、商売道具である楽器や道具に妥協はできないので、趣味の活動と比較すると経費は高くなりますね。具体的な額は管楽器か弦楽器かピアノか──管楽器の中でも楽器によって様々です。

演奏家として成長する上でかかる出費も相当なもの。基本的に若者が1人で工面できる範疇の額ではないので、まず周りの大人の理解と応援が必要ではあります。僕も両親には感謝しきれません。

日本でプロの奏者を目指すにあたって、音楽大学を出ないという選択肢は珍しいため、まずは受験対策が必要です。同じ芸術でも美術系であれば予備校やアトリエ等もありますが、音楽系には高校に入る段階で音楽高校や音楽コースを選択する以外、塾や予備校といった勉強の場所はほとんどありません

受験生は志望校の教授や繋がりの深い先生、地元のプロ奏者などの個人レッスンを受けることになります。受験対策のレッスンは1回1万円前後、受験生ともなれば週1回以上のペースで通うことも。教則本や楽譜はもちろん自腹、管楽器の場合はプロ仕様と呼ばれるランクの高い楽器を使うのが普通です。比較的安価な楽器を使い、レッスンは学校に来てくれる先生だけという人もいるにはいますが、少数派です。

管楽器専攻でも副科のピアノがほぼ必須。ペーパーテストの形式で聴音や楽典(※4)の試験もあるので、その勉強も必要です。自分の専攻とは別にピアノや歌の先生のところに習いに行ったり──その部分だけはグループで授業を受ける教室があったりします。

入学してからも、次から次へと楽譜やCDを購入する必要が出てきますし、色々な理由で新しい楽器を求めるケースも。オーボエの場合は一台80万円以上覚悟しなくてはいけませんし、リードなどの消耗品や、メンテナンスにも定期的にお金がかかります。

mane_img_ob_taichi_satoh_05ごく軽い調整であれば、音楽大学生や演奏家でも自分でやってしまえる人は少なくない。しかしベストな状態にするにはプロのリペアマンによる調整が必須

学費も音大──特に僕の場合は私大で、入学料込みで1000万円ほど。奨学金を借りていましたが、これは今でも毎月返済しています。

さらに一人暮らしをしていれば、普通の大学生と同じく家賃や食費といった生活費がかかってきますよね。音楽大学の近くだと楽器可の物件は多くありますが、不可の物件よりは多少高くなります。さらにきちんとした防音室付きとか、ピアノも置きたい、オートロック付きがいい等、条件にこだわると、一般的な学生よりも相当高くなります。

もちろん大学を出てからも、楽譜や楽器に関する出費はあります。さらにコンクールの参加費、リサイタルや、仲間と室内楽の演奏会を開いたり、CD製作など、自己プロデュースが積極的な方ほど、音楽活動でかかる出費が多くなっていきますね。

※4.音を聴いて楽譜に書き起こす作業と、音楽の基礎ルールとなる知識


──定期的な出費が多いと生活面の不安も大きそうです。どのタイミングで音楽を収入の柱にできる・しようと思ったのですか?
金銭面の不安は常にありましたが、理想や目標といった心理的なものも大事です。それまでも他人とアンサンブルすることを楽しいと思える人間ではありましたが、大学で初めてオーケストラの授業を受けてその気持ちを強くしました。

「オーボエはソロもいいけど、オーケストラでこそ特に輝く楽器なんだ」という先生方の言葉も耳にしましたし、自分でもそう思うようにもなりました。そしてオーケストラ奏者というのが、ひとまずの目標である自分の「プロになる」という夢を叶えて、かつ生計としても自立できる手段──つまり心の面でも、経済的な面でも、長い人生を捧げることができる職業なのだ、と思いました。

それからはオーケストラへの入団を主目標にして、卒業前から徐々に、フリーランスの演奏家として活動するための地盤作りを意識しはじめました。

▼後編はこちら

TEXT/PHOTO:マネチエ編集部
取材協力・一部画像:佐藤太一(@ta1_oboe

佐藤太一 プロフィール

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1987年北海道恵庭市出身。2005年洗足学園音楽大学に入学。2009年同大学を優秀賞を得て卒業、読売新聞新人演奏会(東京文化会館)に出演。

2011-2012年神奈川フィルハーモニー管弦楽団契約団員、2013-2014年N響アカデミー生を経て、2014年九州交響楽団に首席奏者として入団。

これまでにオーボエを辻功、細田てるみの各氏に師事。N響アカデミーにて青山聖樹、茂木大輔、和久井仁各氏のレッスンを受講。現在、九響首席オーボエ奏者。また福岡第一高校音楽科にて講師を務める。

公益財団法人 九州交響楽団
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