増やす 2018.03.22 日本人初のポーカー世界王者に学ぶ 投資に通じる「勝負論」と「負けない技術」

投資はギャンブルではない……と言いたいところですが、先物取引やIPO株などハイリスク・ハイリターンの金融商品があることは事実。また、仮想通貨もリスクとリターンの極端さから注目されています。

そうしたことを踏まえると、勝負の世界に生きる人に話を聞けば、投資で損をしないヒントをつかめるかも……?そこで、プロのポーカープレーヤーの木原直哉さんを直撃。木原さんは東京大学を卒業後にポーカーの世界に入り、2012年の「ワールド・シリーズ・オブ・ポーカー」(WSOP)のトーナメント「ポット・リミット・オマハ・シックス・ハンデッド」で日本人初の世界タイトルを獲得しています。投資にも通じる「勝負論」と「負けない技術」を聞きました。

■「ポーカー=ギャンブル」ではない!そして、投資がギャンブルになってしまう理由

――ポーカーはカジノで行われるゲームの一つですが、ギャンブルと投資の違いについて、まずは伺いたいです。

「まず知ってもらいたいのは、本来ポーカーはギャンブルではないということ。ポーカーが運否天賦のギャンブルと捉えられてしまうことが多いのは確かです。しかし、ポーカーは、より良いアクションをできた人が得をするゲーム。そう、単なる『ゲーム』です。これは、麻雀や将棋と同じ。ただ、ポーカーを使ってギャンブルをすることはできます。ゲーム性があっておもしろいから、多くの人がギャンブルに使っているというだけなのです」(木原さん 以下同)

――では、ギャンブルとはいったい何でしょうか。

「自分にとってのギャンブルの定義は、期待値がマイナスなことにある程度以上の大きなお金を賭けること。また、自分の実力や資金の『分』を超えたお金を賭けることです。また、『期待値』とは、「事象の確率×事象の金額」のこと。ポーカーでは、掛け金に対して、戻ってくる見込み額を表します」

――そうした定義を踏まえると、投資=ギャンブルになるのでしょうか。

「僕は、多くの人がギャンブルに近い投資をしていると感じています。昨今話題のビットコインもそうですが、投資に伴うリスクとリターンを把握し、きちんとマネジメントして売買をしているとは思えないからです」

――逆に、一見ギャンブルと思われがちなポーカーですが、木原さんのポーカーはギャンブルではない、と。

「期待できるリターンが大きい、つまり金銭収支の期待値が高いと判断したら勝負するのが一般的ですが、この見極めが難しい。期待値が非常に高く、かつリスクが大きいということは頻発します。一方、リスクの割にリターンが少ない場合でも期待値がプラスであれば長期的に見て得をすることはあります。ただ、リスクが大きいので長期的に見る前に不運にも破産してしまうかもしれない、ということです。

僕の場合、一か八かの勝負をすることもありますが、このようなリスクとリターンについて把握するよう務めていますし、全資産をその勝負に投入することはありません。このようにプレーした場合、ポーカーはギャンブルよりは、投資やビジネスに近いものだと考えています」

■短期的な結果に左右されない 勝つための確率思考とは?

――木原さんは、著書『勝つための確率思考』のなかで「勝負に勝つためには確率論を踏まえた思考ができれば有利になる」ことを伝えています。勝つために、そして負けないためにどんな「確率思考」が求められるのでしょうか。

「僕たちプロポーカープレーヤーが主に戦うのは、『テキサスホールデム(※1)』です。お互いがより勝率の高いハンド(※2)で勝負しようとするのですが、お互いが強い手同士でぶつかって、ほとんど五分五分、勝率50%の大きな勝負になってしまうことは多々あります。

では、この勝率50%の勝負を10回やってみたら、きれいに5勝5敗になるかというと、そうではありませんね。7勝3敗になる時もあれば、3勝7敗になる時もある。2勝8敗もたまにありますし、1勝9敗も稀にはあるでしょう。10回の試行に過ぎないのですから、その場の運でそのような結果が出るわけです」

※1 テキサスホールデム…ポーカーのルールの一種で、各プレーヤーに配られる2枚と全プレーヤーが共通に使える5枚のカードを組み合わせ、計5枚のカードでより強い役を作り競い合う
※2 ハンド…1回のゲームのこと

――「勝率50%」という数字に引っ張られると、違和感がある人もいるかもしれませんが、感覚的に納得できます。

「これが同じ条件で100回試行したらどうでしょう。40勝60敗も、60勝40敗も頻繁に起こりますが、30勝70敗となると発生確率は5%以下。かなり少なくなりますね。これが20勝80敗は明らかに異常です。何らかのイカサマが行われている、と考えるべきでしょう。

ところが、統計的な思考ができない人は7勝3敗、あるいは3勝7敗という事象にあたると、実力で勝ち取ったものだと誤解したり、反対にイカサマだと怒ったりしてしまいます。あくまで確率的なブレの範囲内での運に過ぎません。勝率は長期的に施行して初めて、理論値に近づいていくものなのです」

――多くの人は、目の前の結果に一喜一憂してしまうかもしれませんね。

「確率的思考に親しんでいない場合は、これらの短期的な結果に必要以上に左右されてしまうことがあります。自分には『流れがきている』と解釈して、必要以上のリスクを取って負けてしまったり、本来取るべきリスクを取れず勝負に出られなくなってしまったり、といったケースです」

――ポーカーのプロたちは、このような確率思考を前提に勝負をしているのですね……。

「全員がどんなシチュエーションでも、確率思考にのっとって勝負しているかというと、そうでもありません。僕自身、その場その場の感情はもちろん存在しますし、無意識的に自分に都合のいい解釈をしてしまっていることもあるでしょう。ただ、自分自身も感情に左右されてしまうことを理解すること。そして、短期的に1勝9敗もあり得れば、9勝1敗もあり得ることを統計的に理解し、結果には必要以上に左右されずに淡々と勝負をすることを心がけることが大切だと思っています」

■ポーカーのプロは8割の確率で「降りる」 「負けない技術」はあるのか?

――ポーカーには「フォールド」という用語があります。これは、“ゲームを降りる”こと。フォールドすると、それ以降のゲームではチップを得ることも、そして失うこともありません。

木原さんは、ポーカーにおいて「ハンドの8割は降りる」と明言しています。また、投資で言われる「見切り千両」という格言は、大きな損を避けられるなら手を引くことにも価値があることを示しています。勝負の趨勢を見極め、早期にゲームから降りることは、長期的なリターンにつながるのでしょうか。

「確かにハンドの8割は降りますが、この数字に特に意味があるわけではありません。ポーカーは、多くの場合9人でプレーするため、チップが取れるのは単純計算で9回に1回(約11%)。『降りずに参加したほうが高い期待値が得られる』と思えるハンドが2割になるので、そこに注力するだけのことです。

これが6人のゲームであれば6回に1回(約17%)は勝てる計算になるので、『降りたほうが得だ』と思えるハンドはもっと少なくなるでしょう。これも単に確率的な思考によるもの。

先ほど言いました通り、ポーカーはより良いアクションを選択した方が得になるゲームです。勝負の趨勢を見極めてというよりは、確率で考えています。9回に1回しか勝てない勝負に3回も参加していたら、長期的でプラスにしていくのは難しい。9人で勝負しているなら、ハンドの8割で降りるのは合理的な選択なのです」

降りるハンドと勝負に注力するハンドを見極め、トータルの期待値をプラスにすることを考えているという木原さん。投資においても、目の前の損得に縛られず、長期的な視点で投資することが重要でしょう。場合によっては「降りる」という冷静な判断も、大いに参考になりそうです。

■「プロと同じ土俵で勝負しない」のが最上の策

――木原さんは「投資は、長いスパンで株式を保有する長期的投資しか推奨しない」というスタンスとのことですが、ポーカーのプロをもってしても、株の売買によるキャピタルゲインを得られないのでしょうか?

「自分以外のプレーヤーの行動を読み、資産の価値を高めようとする投資は、ポーカーと同じゲームと呼んでも過言ではないでしょう。僕はポーカーのプロとして、勝つ側・負ける側を見てきていますから、ゲームにおいてプロとアマの差というものがはっきりと分かります。

ゲームというのは選択の連続で、長期的に見ると必ずプロが勝ちます。理由は簡単で、プロのほうが単純に『良い選択』をするから。ビギナーが偶然良い選択をすることはあり得ますが、あくまで短期的なもの。売買という行動を重ねるたびにプロが勝つ確率は高まります」

――そのため、プロでない人はなるべく選択をしない長期保有を勧めるのですね。

「そうです。どうしても積極的に売買したいのであれば、株式投資におけるプロを目指すしかないでしょう。これはもちろん、ビットコインやそのほかの金融商品でも同じです。投資自体はしてもいい。ただ、売買をせずに長期保有すること。確率思考から投資を見ると、この選択しかありません」

プロポーカープレーヤーが、自らの勝負哲学と確率論から導き出した投資の必勝法は「勝負をせずに長期保有」か、「プロを目指す」の二択――シビアな結論かもしれませんが、確率思考は投資に限らず、マネーやビジネスにおいても有用なはず。数式に興味がなかったとしても、確率論から得られるものは少なくないでしょう。

取材協力:木原直哉(きはら・なおや)

1981年、北海道出身。東京大学理学部卒業後、プロのポーカープレーヤーに。2012年の第42回世界ポーカー選手権大会 (WSOP) において、トーナメント「ポット・リミット・オマハ・シックス・ハンデッド」に参加し、日本人としては初めて世界選手権での優勝を果たした。著書に『東大卒ポーカー王者が教える勝つための確率思考』(中経出版)など。

TEXT:佐々木正孝
EDITING:マネチエ編集部+ノオト

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